大判例

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大阪地方裁判所 昭和42年(ヨ)607号 判決

申請人 大原正年

〈ほか七名〉

右九名訴訟代理人弁護士 小林保夫

同 酉井善一

同 東中光雄

同 石川元也

同 石橋一晃

被申請人 大阪南信用組合

右代表者代表理事 加戸辰三郎

右訴訟代理人弁護士 井野口有市

同 井野口勤

同 下村末治

主文

被申請人は本案判決確定にいたるまで

一、申請人らをいずれも従業員として仮りに取り扱い、

二、申請人らに対し毎月二五日限り昭和四一年一〇月九日以降昭和四二年三月三一日までは一月につき別紙賃金目録第二欄記載の割合いによる金員を、昭和四二年四月一日以降は一月につき同第四欄記載の割合いによる各金員をそれぞれ仮りに支払え。

三、申請人大原正年、同川北弘一、同神川勝夫、同加藤一孝、同大下良一、同上茂一、同小川正のその余の申請を却下する。

四、申請費用は被申請人の負担とする。

事実

第一、申立

(申請人ら)

一、(申請人ら)主文第一項と同旨の判決。

二、(申請人大原、同川北、同神川、同加藤、同大下、同上茂、同小川)被申請人は申請人らに対し毎月二五日限り昭和四一年一〇月九日以降昭和四二年三月三一日までは一月につき別紙賃金目録第一欄記載の割合による金員を、昭和四二年四月一日以降は一月につき同第三欄記載の割合による各金員をそれぞれ、仮りに支払えとの判決。

三、(申請人大田、同田上)主文第二項のうち同申請人らに関する部分と同旨の判決。

(被申請人)

申請人らの本件仮処分申請を却下する、申請費用は申請人らの負担とするとの判決。

≪以下事実省略≫

理由

一、(当事者)

被申請人が大阪市南区高津町七番丁二七番地の一に本店を、同市東区谷町に天満支店を置き、従業員約六三名を雇傭して預金貸付など信用業務を行うものであって、申請人らがいずれも別紙経歴表一のとおり被申請人に雇傭されていたものであることは当事者間で争いがない。

二、(解雇の通知)

然して、申請人らはいずれも昭和四一年一〇月八日に被申請人から口頭をもって解雇の意思表示を受け、さらに同日付内容証明郵便によると申請人らに対する免職の理由は左記のとおりである。

「…………貴殿は

1、昭和四一年六月一七日午後七時頃より八時頃までの間に大阪市南区長堀橋筋一丁目より同区日本橋筋三丁目および大阪南信用組合本店のある同区高津町附近路上において通行人に『市民のみなさんに訴えます』、『職場の軍国主義化云々』と題するビラ二葉に『経営者は一一億円の預金量の中で一億一千万円のコゲツキを出し、現在の経営を困難にする重要な部分を作っています』と虚偽の事実を記載して不特定多数人に配布し、

2、同月二〇日以降七月一九日までの間、当組合本店一階のカウンターの上二ヶ所および記帳台に右ビラ二葉を備置し、当組合の顧客に観覧できる状態におき、顧客に手交又は持ち帰らしめ、

3、同年七月五日、大阪南信用組合執行委員長名義で当組合の重要得意先である永田耕作他多数に対し右ビラ他一点の文書を郵送したばかりでなく六月一七日より十月五日頃までの間に、顧客の宅を戸別訪問して右ビラを配布し、

もって当組合の信用を傷つけ、損失を及ぼす行為に関係されたので、就業規則第六四条第三号、第四号、第六五条によって免職します」

以上の事実も当事者間に争いのないところである。

三、(ビラ作成配布などに至るまでの状況)

申請人らを含む被申請人方従業員が昭和三四年九月八日に大阪南信用組合労働組合を結成し、申請人らがいずれも右労働組合員であることは当事者間に争いがなく、申請人川北弘一の尋問の結果によると、労働組合は総評全国一般労働組合大阪地方連合会全国信用金庫信用組合労働組合連合会に属していることを一応認めることができる。そして、昭和四一年春闘に際し、労働組合が一律金五、〇〇〇円の賃上げ要求をしたのに対して被申請人は金五〇〇円一律定期昇給の回答をしたこと、昭和四一年五月二七日に被申請人が村井松吉および河村秀夫に対し村井については天満支店、河村については堺支店への各配置転換を通知し、その後両名を解雇したことは当事者間で争いのないところである。

≪証拠省略≫によると次の事実が疎明される。

労働組合は昭和四一年四月二二日に被申請人に対し右の外、期末臨時給与の支給および宿直手当の増額を要求したところ、被申請人は右回答以外は所謂ゼロ回答をし、本件ビラ配布当時の同年六月にも団体交渉による何らの進展もみられない状況にあった。また被申請人は右春闘の準備段階では団体交渉の人数の制限をしてこれを公開しないことにしたり、賃金学習会についても営業室を不法に占拠したとして従業員を処分し、会議室使用も許可制とし、これらに違反したなどの理由をもって六月九日までに申請人ら七名を含む一二名に対し延二五件の譴責、減給の処分を行うに至った。そして、村井は労働組合の結成以来委員長を歴任し、河村は青年婦人部の中心的存在であったので、労働組合はこの配置転換を不当労働行為として受けとり、団体交渉を被申請人に申し入れたけれども、被申請人は業務命令を拒否したとの理由をもって六月九日に右両名を解雇するに至った。これを労働組合側としては従来の処分と同じく被申請人の労働組合攻撃であると考え、とかく、労使間は円滑を欠く状況にあった。

以上の事実が疎明される。

五、(労働組合によるビラ作成・配布活動)

前認定のように春闘要求の交渉が進展せず、他方従業員に対する処分解雇が引き続いて行われる状況のもとに労働組合は次のとおりビラ活動をするようになった。

昭和四一年六月一三日に労働組合執行部が本件ビラを作成配布することを決定したこと、ビラは六月一七日夕方に労働者市民に配布され、六月二〇日以降は被申請人方本店一階カウンターの上などに置き、あるいは被申請人方総代に郵送されたこと、「市民のみなさんに訴えます」と題するビラには「経営者は一一億円の預金量の中で一億一千万円のコゲツキを出し、現在の経営を困難にする重要な部分を作っています」なる記載がなされていることは当事者間で争いのないところである。

≪証拠省略≫によれば次の各事実を一応認めることができる。

労働組合は前示のビラ(市民のみなさんに訴えます)を主として一般市民に、「職場の軍国主義化、期末臨給ゼロ」と題するビラには「経営者はこの数年間に一億数千万円のコゲツキ債権をつくり……」との記載もなされており、これを主として労働者に配布するために作成したものであって、いずれも労働組合の教育情報宣伝活動として行うこととしたものであること、ビラの作成配布は最終的には職場集会においてもとりきめたこと、本件ビラは現実の労使間の問題として春闘要求に対する期末臨給ゼロ回答、従業員の大量処分、村井河村の解雇につき広く労働者一般市民に訴えその理解と支援を得る目的をもって作成されたものであること、昭和四一年六月一七日に開催された南信用労組不当首切粉砕・小選挙区制粉砕南区総決起集会に参加した労働者一般市民に本件ビラを配布し、さらに堺筋から松阪屋裏までデモ行進した際主として被申請人店舗近くでビラを通行中の市民および民家に配布したこと、六月二〇日頃から約一月の間被申請人店内のカウンターの上にビラを置き、来客に労働組合に対する理解を求めるためにこれを持ち帰らせ、または直接これを来客に手交したこと、さらに被申請人が六月二二日頃に至って春闘の賃上げの問題前記二名の処分問題についての見解を記載した文書を理事長名をもって総代あてに発送したのでこれに対抗して労働組合は前記二名の処分およびコゲツキ債権に関し組合の立場を説明し理解を求めるため七月五日頃前示二種類のビラと労働組合執行委員長大原正年名義の文書を総代に郵送したこと。

以上の事実が疎明される。

五、(本件ビラの内容―コゲツキ債権の問題―)

昭和四〇年三月末現在においていわゆる不良債権が総計一八二、八八七、一〇四円に達し、そのうち第三分類損失のおそれあるものが一一九、三〇二、八二四円であったことは当事者間に争いのないところである。

そして、≪証拠省略≫によれば、被申請人の昭和四〇年三月、昭和四一年三月各当時の預金量はいずれも約一二億円であって、貸出金のうち不良と認められる債権はその回収に懸念の存する度合で第二ないし第四分類に区分されているが、従業員の間ではこれを総じて通常コゲツキという場合もあること、昭和四一年三月三一日には第二分類が二〇、四七八、六八六円、第三分類が七三、七四一、八一〇円、第四分類が一六、八〇四、七二九円であってその総計は一一一、〇三四、七二五円であることを一応認めることができる。

ところが、≪証拠省略≫によると、右の第二分類は貸付の際担保として預った預金がありいつでも貸付金に充当し得るから全然心配がいらないものであり、第三分類は担保として不動産、株券ならびに保証人があるので回収が多少おくれても最終的には回収可能のものであり、第四分類は回収困難なもので所謂焦付とされるものであるというのであるが、≪証拠省略≫によると、第四分類は損失とみられるもので第二、三分類も回収ができないこともあり、かつ監督官庁に対する報告にも(第二分類+第三分類)×1-2+第四分類が損失見込額とされることを一応認めることができるので、≪証拠省略≫のうち前記第二ないし第四分類に関する部分は信用できない。

従って、第二ないし第四分類の債権を総じてコゲツキと呼ぶのも故なしとしない。

してみると、本件ビラ内容であるコゲツキが一億一千万円あるという記載は、配布当時も第二ないし第四分類の額が前示のものと同様であろうと推測されるので、これをもって全くの虚偽記載であると断定することはできないし、コゲツキなる言著の意味からして全く回収不能であるとの印象を読む人に与えるおそれがないわけではないけれども、被申請人方従業員方においても第二ないし第四分類をコゲツキ債権と呼称することもあるのであるから、労使間の紛争にあたり広く一般大衆に訴える言葉としてコゲツキという言葉を使用しても妥当な範囲に入るものとして理解することができる。

六、(本件ビラの作成配布活動に対する評価)

以上認定したとおり被申請人が解雇理由とした申請人らの行為は、いずれも申請人らが属する労働組合の組合活動としてなされたものである。そこで、本件ビラ作成配布行為が正当な組合活動であるかどうかについて判断する。一般にビラ活動は労働組合の情報教育宣伝活動として団結強化のため必須のものであるが、その許容限界は単に表現の自由として、これを位置づけるのみでは足りず、さらにこれを超えて憲法に保障された労働基本権の保護という観点から飛躍的に認められるものと解すべきである。殊に労使関係が通常の状況ではなく、争議闘争状態にあるとき労働組合はその要求を貫徹し、内部的には団結結束を強固にするため、外部的には他の労働者広く一般市民に対し自己の立場の正当性を主張し、連帯感を強め、その理解支持を得て闘争を有利に展開するためにビラ活動を行うのであってこのことは社会的にも承認を受けているものとみるべきである。かかる場合、ビラ活動の目的は自己の要求―主として経済的要求―を有利にすることにあるべきであって、いたずらに使用者側を中傷し個人攻撃をすることにのみある場合は許されない。これを本件についてみるに、コゲツキ債権が一億一千万円ある旨の記載が処分の中核的理由であるところ、多少不精確な用語であるとしても大筋において真実であって、≪証拠省略≫によって明らかであるとおり本件ビラは全体の趣旨からみてコゲツキなる点を強調し被申請人組合を破壊することにあるのでなく、従業員に対する譴責解雇などの不当性を訴えかつ経営不振の因を明らかにしコゲツキをなくすことによって春闘の賃上げ要求をも有利に展開したいという労働者としては至極もっともな要求貫徹を目的としていることを充分に汲みとることができる。

さらに、職場の軍国主義化なる言葉は、申請人上茂一の尋問の結果によれば、経営者の話し合いもせず業務命令を凡て優先させる態度を表現したものにすぎないことが一応認められ、このことは格別不当な表現であるとは、考えられない。

以上のことは、本件の被申請人が信用を重んずる金融機関であるという特殊性を考慮してもなお別異に取り扱うべき根拠は見当らず、労働組合の行為として不当であるとの結論を導き出されることはない。

そして、本件ビラを前認定のとおり職場外で配布したことは結局右趣旨を訴える行動であって、何ら不当性はないというべきである。さらに、本件ビラを被申請人店内のカウンター上に備置し、来店の客に持ち帰らせ又は手交したという点は、職場内での勤務時間中における行為であるという面から考察しなければならない。現実の企業では、職場内での組合活動殊に文書活動を否定することはすなわち労働者の団結権の否認につながる危険が多分にあり、妥当性を欠くに至ると考えられるが、勤務時間中に施設内で組合活動をすることは、労働者が労働の提供の対価として賃金の支払いを受けるものであるにもかかわらず、一方的に労働のみを怠ることになり易く特段の事情が認められなければ許されない。本件の場合、ビラを単に備置手交する行為はこれのみをもって業務に支障をきたし被申請人に損害を与えたとの疎明は存しないから、この行為をもって労使間に前示の闘争が存する事情をも考慮に入れるならば、企業秩序に反するとか就労義務に違反するものとして責問することも妥当でない。また総代に郵送した件は被申請人がさきに総代に対して文書を送付したのに対抗してなされた措置であって不当性は存しない。以上の次第で本件ビラの作成配布活動はいずれも労働組合の正当な活動と考えられる。この正当な組合活動の結果、被申請人に損害が発生したとしても、この責任を労働組合又は被申請人ら個人が負うべきものでもなく、この損害の軽重によって組合活動の正当性、不当性が決定づけられるものでもない。

七、(むすび)

以上の次第で、本件ビラの作成配布行為はいずれも労働組合の正当な行為として是認できるものであるから、その余の点(個々の申請人が解雇理由のうち如何なる行為に加担したか、ビラ活動の結果発生した損害など)について判断をするまでもなく、申請人らに対し就業規則に反したものとしてなされた本件解雇は労働組合の正当な活動を理由とするものであって労働組合法第七条一号所定の不当労働行為として無効たるを免れない。したがって、申請人らはいずれも被申請人の従業員たる地位を有するとともに賃金の支払いを求める権利を有する。申請人らが昭和四一年一〇月当時別紙賃金目録第二欄記載の各賃金の支払いを受けていたことは被申請人においてもこれを認めるところであるから解雇の翌日である昭和四一年一〇月九日以降この限度で支払うべき義務がある。(≪証拠判断略))被申請人は昭和四二年四月一日以降全従業員に一律月額金二、〇〇〇円あての昇給をしたことは≪証拠省略≫によって疎明されるから、被申請人は昭和四二年四月一日以降これを加算した別紙賃金目録第四欄記載の各賃金を申請人らに対し支払うべき義務がある。そして、賃金を毎月二五日支払うべきことは≪証拠省略≫によって疎明される。さらに、申請人らが被申請人の従業員たる地位を否定され、以上の賃金の支払いを拒否されるにおいては回復し難い損害を蒙むることは≪証拠省略≫によってこれをうかがい知ることができる。よって、本件申請は申請人らを従業員として取り扱う点はすべて正当であり、賃金支払いの点は右の限度で正当であるから、保証をたてさせないでこれを認容し、その余の申請は失当であるからこれを却下し、申請費用は民訴法八九条九二条を適用してこれを全部被申請人に負担させることとして、主文のとおり判決する。

(裁判官 小北陽三)

〈以下省略〉

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